アール・デコとは
1925年パリで開催された「アール・デコ博」に由来する、おもに装飾デザインのスタイル。
1925年様式ともいう。ドイツ、アメリカは参加せず。
由来はアール・デコ博だが、実際に隆盛した場所は、第一次大戦後に大国となったアメリカだった。
幾何学をモチーフにしたデザインが特徴で、建築ではクライスラー・ビルが有名どころ。
<アール・ヌーヴォーとの関係>
表面を飾り立てるといった点において、アール・ヌーヴォーとアール・デコは一続きのデザイン潮流だといわれる。消費に結びついていて、本質が似ている。気まぐれ的。
アール・ヌーヴォーはこちら→
アール・デコ博 ,1925
<背景>
第一次世界大戦後のフランスは、近隣諸国に比べて産業発展に遅れをとっており、この展覧会で巻き返しを狙っていた。
アール・ヌーヴォーが衰退した後、人々はそれにとって変わる新しい流行を待ち望んでいたが、フランスは経済的に困窮していた時期でもあり、革新よりは保守的(フランスの伝統を...といった)空気が蔓延していた。
<「産業美術」展ではなく、「装飾美術」展だった>
展覧会では、商業社会を象徴するパリの4つの大手デパート(ルーブル百貨店、ボン・マルシェ、ギャラリー・ラファイエット、プランタン)がメインの主催者となり、150ものパビリオンが建てられた。
デパートで取り扱われるような、ラグジュアリーで富裕層向けの一点ものが並び、アール・ヌーヴォーからは脱却していたものの、古いスタイルの焼き直しのような展示が目立った。デ・ステイルやバウハウスなど、最先端の家具は排除されている。
この展覧会において、フランスは伝統を捨てきれなかった。International Exhibition of Modern Decorative and Industrial Artsのインダストリアル的要素はあまり見られず。
<アール・デコを批判したコルビジェ>
コルビジェは、アール・デコ博に蔓延していた保守的な空気を批判する意味で、かなりモダンなパビリオンを建てている。
彼は機械化、合理化を賛美し、その魅力をなぜ建築に取り入れないのか?建築家は大いに利用するべきと考えていた。このときコルビジェは産業化によって新しい"美"が生まれると信じていた。
このパビリオンでもっともラディカルだったのは家具の選択。コルビジェは既製品の家具をセレクションして配置した。これもまたアール・デコのデザイナーたちとは正反対の行動で、カスタムメイドが理想だったブルジョワ的な価値観に対して、コピー可能な新たな時代の価値観を突きつけている。Mechanical evolutionの実践。
この頃、コルビジェはフレデリック・テイラーの思想に影響を受けていたと言われている。産業的、スタンダーゼイション的な考え方。
1911年に著書「科学的管理の原理」を出版。 テイラーは、以下のように信じていた。
・今の管理者は、素人であり、学問として研究されるべきである。
・労働者は協力するべきである。また従って、労働組合を必要としないだろう。
・訓練されて資格のある管理者と、協力的かつ革新的な労働者の間の協力によって、最良の結果が得られる。管理者は、協力的かつ革新的な労働力が、労働者側は、訓練されて資格のある管理が必要である。出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/フレデリック・テイラー
この考えは、のちに労働組織の効率化、利益最大化に繋がっていく。ヘンリーフォード、アセンブリー・ライン、テイラーリズムに対するオマージュとしてのパビリオン。
パビリオンの壁にはフェルナンド・レジェの絵が飾られた。
分析的キュビズムから、一つの表記法を繰り返し描くスタイル。リピート。
レジェは第一次世界大戦から戻ると、機械から破壊的イメージを取り上げるスタイルへ向かった。機械的要素を身体的要素に置き換えていく、いわば解剖学的なスタイルへとうつっていった。スタイル的にはピュリストに近いが、彼の根底にある考え、つまり機械化する社会に対する独自の解釈がつまっている。
ナラティブシネマ、物語的なシネマに抵抗する映像。
ファウンドフッテージ。レディーメイドに近い概念で、より集めの映像作品。
<もっとも前衛的だったソビエト・パビリオン>
プロパガンダとしてつくられたものだが、コンスタンチン・メーリニコフのパビリオンがもっとも前衛的だった。
リシツキーの抽象画ポスターに影響を受けており、よく似ている。革命のシンボルとして描かれたレッドウェッジが空間の構成に使われている。
<資本主義社会への批判、労働者クラブ>
アール・デコのデザイナーがプライベート空間を提案しているのに対して、ロトチェンコはコレクティブスペース、公共空間をつくることで彼らを批判している。
資本主義のもとで働く労働者は、まるで奴隷じゃないか。苦しんでいる。ここでは本、雑誌、映画などのレジャーにもアクセスできるんだ、というプロパガンダ的な要素が見て取れる。
空間や家具のつくり方の特徴として透明性が高い。チェアカバーはない裸の状態でクリア。マテリアルも見せている。
そして全ての家具は変換可能。モビール。いろんな機能がユーザーによってアジャストできる、ユーザー中心の考え方。poly functionality
工場の生産ラインを引用しているようにも見える。
<コルビジェとロトチェンコの違い>
コルビジェの圧倒的に機械文明を賛美する考え方に対して、ロトチェンコは、機械だけではない人間との関係性を提案していた。人間はただの消費者ではなく、社会の参加者であると。私たちは、機械と同じ舞台に立っているんだということ。フラットな関係性。
コルビジェ architecture or revolution 建築か革命か?
ロトチェンコ architecture as revolution 建築が革命である。
資本主義の象徴であったアール・デコ博は、デパートがスポンサーになったことで、総合的には芸術的要素が削がれ、消費的観点が強いものであった。
その裏には当時、社会が抱えていたイデオロギーの闘いがあり、それが展示を通して表現され、議論された。社会主義か、資本主義か。
アール・デコが花開いた 1930's
<ニューヨークのスカイ・スクレイパー>
第一次世界大戦後、鉄骨・鉄筋コンクリートのアールデコ建築物が欧米の大都市に現れはじめる。
ヨーロッパではじまったアール・デコの装飾だったが、一般市民にはなかなか受け入れられず、一部の富裕層のなかで趣味的に嗜好された。主流はすでに合理主義、機能主義のモダン建築にうつりつつあった。
ニューヨークでは、シカゴ派の影響もあり高層建築が多く建てられ、アール・デコは、オフィスビル、政府の公共ビル、映画館、駅で、ときには他のスタイルと組み合わせながら一般的に使用されていた。
<ヨーロッパからアメリカへ>
ちょうどその頃、ヨーロッパのモダニズム建築家たちが、戦火を逃れてアメリカにやってきたため、建築分野を含め芸術家たちの活躍の場が、ヨーロッパからアメリカへうつり始める。
ミースが設計したガラスの摩天楼(シーグラム・ビル1958など)をきっかけに、モダニズム建築が増え、アメリカは世界の建築界をリードする主戦場となった。
クライスラー・ビル
1930 NY マンハッタン
設計:ウィリアム・ヴァン・アレン
©︎ Chris Parker on flickr
<マンハッタニズム>
20世紀の初頭、マンハッタンが摩天楼で埋め尽くされていった過程と、それによってつくりだされた都市構造を、レム・コールハースは「マンハッタニズム」と名付け、分析している。
「利益の最大限の追求と美しさとを可能な限り一致」させ、「最大限の過密」と「最大限の光と空間」という条件を満たすことなのである。
出典 レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』鈴木圭介訳,ちくま学芸文庫,1999
ラジオシティ・ミュージックホール
1932 NY マンハッタン
設計:エドワード・ダレル・ストーン
via wikipedia
Rockefeller Center’s Radio City Music Hall via FLASH BAK
ロックフェラー・センター(中心のGEビル)
1939 NY マンハッタン
設計:レイモンド・フッド
via wikipedia
近代コンクリート建築の先駆者
オーギュスト・ペレ
1874-1954 ベルギー生、フランスの建築家、都市計画家
エコール・デ・ボザール中退
古典的な造形デザインとコンクリートの融合を見事に達成させた人。earyl modern style
当時の新技術だった鉄筋コンクリートに注目し、古典主義的な概念を近代的なものへアップデートした。
ペレはエコール・デ・ボザール(1816創立)で古典主義系の美学を体系的に学び、その知識を持って新しい技術に対応していった。
最新の技術を使うことで、すぐに新しいデザインスタイルが生まれるわけではない。技術と形は一対一に対応はしない。既存の技術から適用させていくしかないことを示している。
シャンゼリゼ劇場
1910-13 フランス パリ
設計:オーギュスト・ペレ
via wikipedia
ノートル・ダム・デュ・ランシー(ランシーの教会堂)
1923 フランス ル・ランシー
設計:オーギュスト・ペレ
via wikipedia
Palais d'Iéna
1937 フランス パリ
設計:オーギュスト・ペレ
via Architectes et architecture
<Le Havre ル・アーヴルの再建の都市計画>
<アール・デコ×モダニズムの名作>
ガラスの家 Maison de Verre, House of Glass
1931 フランス パリ
設計:ピエール・シャロー、バーナード・ビボエット
via wikipedia
The Daily Express Building, London EC4 – Grade II* listed designed in 1932 via JohnRobertsonArchitects
関連書籍
『図説 アール・デコ建築---グローバル・モダンの力と誇り (ふくろうの本/世界の文化)』吉田 鋼市,河出書房新社,2010
『錯乱のニューヨーク』レム・コールハース (著), Rem Koolhaas (原著), 鈴木 圭介 (翻訳),筑摩書房,1999
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